インフォメーション 音楽散歩 風だより コンセール・パザパ hg.sato@raj 掲示板 お問い合わせ 管理人


風に乗って、面白い話題が飛んできます。〜色んな所〜色んな人から。はじめ時々〜後しばしば。

◎495 Au milieu du chemin de la vie … 人生の道の半ばにて (2019/02/28)

26/02/2019  アナトール・フランスは、フランスの詩人、小説家、批評家、ノーベル文学賞受賞(1921年)。彼はパリのセーヌ川・マラケ河岸19番地(19,Quai Malaquais)、セーヌ河畔の名物、ブキニスト(古書店)の家に生まれたそうです。今日この住所を知ってびっくり!
 実は、いつか探し出したこの住所の建物のプレートには《ジョルジュ・サンドは、1832年から1836年まで、ここのブルーの屋根裏部屋に住んでおり、ここでレリアを書きました》と書かれていたのです!稀代の女流作家ジョルジュ・サンドがノアンの実家へ移った8年後の1844年4月16日に、未来の大作家アナトール・フランスがここに誕生したわけです。
 けれども育ったのは少し先の15番地で、その建物の正面玄関のプレートには《アナトール・フランスは、1844年から1853年まで、ここで育った》と書かれているということです。今度パリへ行ったら確かめに行きます。サンジェルマン・デ・プレのボナパルト通りを北上するとつきあたる河岸で、右手に芸術橋(Pont des Arts)、左手少し先にオルセー美術館(Musee d’Orsay)が見えます。パリで歩くたびに発見のある大好きな場所の一つです!
 この作品は、1885年、著者が41歳のときに二人の子供と妻のために書いた回想録です。 (1)献辞 (2)白衣の婦人 (3)金色の目をしたマルセル (4)エドワード王の子供たち、4編のうち、(1)献辞をテキストの通り、11の節に分けて読み進みます。風便り◎494から読んでください。

 〔1〕DEDICACE 献辞

3. Mon dieu ! je savais, il y a vingt temps, qu’il faudrait en arriver la : je le savais, mais je ne le sentais pas. Je me souciais alors, du milieu du chemin de la vie comme de la route pour Chicago. Maintenant j’ai gravi la côte, j’ai retourne la tete pour embrasser d’un regard tout l’espace que j’ai traverse si vite, et le vers de florentin me remplit d’une telle reverie, que je passerais volontiers la nuit devant mon feu soulever a des fantomes. Les morts sont si legers, helas !

 ああ、20年前にも、私は、いずれはそこに達しなければならないのを知ってはいた。私はそれを知ってはいたのだが、心に感じてはいなかった。当時の私は、人生の道のなかばを、シカゴへの道ほどにしか心に留めていなかった。今、こうしてその坂を登りつめ、頭をめぐらして、私がたちまちのうちに経てきた道程を、一望のうちに振りかえって見ると、かのフローレンスの詩人の詩句は、亡霊を呼び覚ましつつ、燃える火の前で夜を明かしたいと思うほどに、深い夢想で私の心をみたすのだ。死者とはいかに悲しいまでに軽やかなものであろう!

4. Il est doux de se souvenir. Le silence de la nuit y invite. Son calme apprivoise les revenants qui sont timides et fuyant par nature et veulent l’ombre avec la solitude pour venir parler a l’oreille de leurs amis vivants. Les rideaux des fenetres sont tires, les portieres pendent a plis lourds sur le tapis. Seule une porte est entr’ouverte,la, du cote ou mes yeux tournent par instinct. Il en sort une lueur d’opale ; il en vient des souffres egaux et doux, dans les quelles je ne saurais distinguer moi même, celui de la mere et ceux des enfants.

 思い出に耽るのは甘味なものだ。夜のしじまが人をそこへと誘う。夜の静けさが亡霊たちの心をやわらげる。亡霊たちはもともと臆病で人目を避けたがり、闇と孤独がなければ、彼らのなつかしい生者の耳もとに話しかけに来ないものなのだ。窓のカーテンは引いてある。ドアのカーテンも、重いひだを作ってじゅうたんの上に垂れている。ただひとつのドアだけが軽く開いており、私の視線はおのずとそこに注がれる。そのドアからは乳色の明かりがひとすじ洩れている。規則正しい、おだやかな寝息がそこから聞こえてくる。そして、その寝息のどれが子供達ので、どれが母親のかは私にも区別できない。
 眠れ、いとしい者たちよ、眠れ! 
                              (つづく)

◎494 Au milieu du chemin de la vie … 人生の道の半ばにて(2019/02/25)

25/02/2019 一つ前の風だよりから11ヶ月空白の日が続いた。書きたい音楽会や素敵な出会いがいくつもあったというのに・・・。2018年6月の4週末をノアンフェスティバルショパンに通い、7月は1週間まるまる、音楽祭のほとんどすべての演目を聴いた。その間にパリショパンフェスティバルも2日間楽しんだ。この三つのフェスティバルについては、昨年も音楽雑誌「ショパン」9月号・10月号ににレポートを書いた。私は新聞・雑誌・本…印刷物を読むのも書くのも好きで、いつものことながら雑誌に書いたのと同じような事を書くのはどうかなあとも思い、こちらはまったくご無沙汰となる始末。覗くことすらしなかったこのだらしなさでは、この3月更新代を払う時期にHPを閉じることを考えねばならないと思う。

さて今日から3月5日まで、真面目な一作の風便りを書きます。ここ(どこ?あとで明らかになる)へ来る時に、音楽書以外のフランス語の本をと、何気なく持参した本を読み始め、ここの環境でこの作品に出会えた偶然に身が震える思いです。仏文対訳シリーズの一編で、フランス語原文と文節に分けた対訳と簡潔な説明があり、最後に日本語の文章全体が読めるというフランス語教科書の古典的な叢書です。私はここの某所で某時間に音読し、少しずつ覚えようと企てていますが、覚えられない!書いたら少しは頭に入るかと、少しずつ書いていきます。日本語訳は自分でも試みましたが、ここには訳者の佐藤房吉さんの名訳を掲載したいと思います。お付き合いください。なおフランス語特有のアクセント記号は、文字化けするので省きます。不完全なフランス語になりとても残念ですが仕方がありません。

          “Le Livre de mon ami” Anatole France
         「わが友の書」アナトール・フランス 著
         小林 正 監修  佐藤房吉 訳注 / 評論社

〔1〕DEDICACE 献辞
             31 decembre 188…
1. Au milieu du chemin de la vie …
Le vers, par lequel Dante commence la premiere cantique de la divine comedie me vient a la pensee, ce soir, pour la centieme fois peut-etre. mais c’est la premiere fois qu’il me touche.

人の世の道のなかばにて…
ダンテが「神曲」の最初の讃歌をそれで始めるこの詩句が、今宵も心に浮かぶ。恐らく百度目でもあるであろう。しかし、しみじみと胸を打つのは初めてだ。

2. Avec quel interet, je repasse en esprit et comme je le trouve serieux et plein ! C’est qu’à ce coup j’en puis faire l’application à moi meme. Je suis, a mon tour, au point ou fut Dante, quand le vieux soleil marqua la première annee du quatorzieme siecle. Je suis au milieu du chemin de la vie, a supposer ce chemin egale pour tous et menant a la vieilles.

私は深い感慨を持ってそれを心のうちに繰り返し、そしてそれがいかにも意味深い、豊かなものに思われる。それというのも、今や私自身が、それをわが身にあてはめうる年齢になっているからだ。私もまた、太古から照り続けた太陽が、14世紀の最初の年を刻した時にダンテがいた地点にいるのだ。私は今人生の道のなかばにいるのだ。もしこの道が、万人にとってひとしく、そして今や老年へと人を導く道ならば。

                                  (つづく)

◎493 所変われば France - Japon(2018/04/06)

22/03 昨年の夏京都に3週間滞在したフランス人の友達とパリの日本レストランで再会。頼まれた書道用の筆と和紙の練習帳(扇型の素敵な紙)を渡す。この店の店員さんはすべて日本人で若いキビキビした人たち。フラ友が書道を勉強中と言うと「えっ?」という感じでどうもわからない様子。私の時代はお習字が小学校の必修科目だったが今はそうでもないようで、本当に残念なことだと思う。

それで思い出したが、フランスの学校では音楽の授業はないらしい。その代わりに地区に公立のコンセルヴァトワールがあり、安い授業料で手軽に好きな楽器を習い必修でソルフェージ等の授業も受けられる。音楽は誰もがやらねばならない勉強ではなく趣味で、(だから?!)本気でやるものなのだろう。

書道も同じなのかしら?私は嬉々として習ったわけではないが、授業があったおかげで硯・墨・大筆・小筆・半紙・文鎮などという用具とその使い方、字画・ハネ・トメ(だったかしら?)など字の正しい書き方の基礎がうろ覚えながら何となく身についたのが今になってとても有難いのだけど。

日本をえらく気に入ったフラ友は、今度は「日本の四季」を過ごしたい(奇しくも私の語学学校留学動機とまるで同じ理由)と、来年2月京都の同じホテルをすでに予約。奈良のお水取りと高野山行きが計画に入ったそうだ。

お互い好きな国への旅の思い出話は尽きなかったが、彼女が思い切ったように始めた話には思わず涙がこぼれた。幼い頃から厳しく育てられた彼女は、日本で「初めて、大人の人から親切に優しく世話をしてもらった」と言う。一般的フランス人の普通の生活をほんのわずかながら、経験的に知っている私には、彼女が当時フランスで育った環境と私の日本でのそれとの違いが十分に想像できる。

明るくて積極的、日本への憧れを表に出す彼女だから、他の人以上に出会った日本人から親切に応対してもらえたのは確かだが、それを差し引いても日本人本来の穏やかさや、慣れないでいる人に言葉がわからなくても何とか助けてあげる精神が彼女の心の琴線に届き日本への憧れが確かな愛へと昇華したにちがいない…。彼女が会った日本人に感謝!

私のフランス語よりもなお初心者の日本語で(英語はほとんど頼りにしていないと思う)、日本を無事にあちらこちら訪ね、これだけの心境に達すことができたのは、彼女が書道を一生懸命学び、日本研究をこつこつ続けてきたおかげでもあろう。来年の日本滞在ではどんな展開が待ってるだろう。楽しみ。


◎492 所変われば Paris(2018/04/02)

パリではスーパーやデパートなどおよそ人が集まる所には頑強そうなガードマンが立っておられる。カバンを見せて機械を当てて通してもらえるのだけど、私などこちらから見せようとしても「オッケー、オッケー!」という感じでニコニコ通れてしまえる。上手に変装している犯人かもしれないのにといつも思う。

10/03 フランス人の友達と久しぶりに会った。当時は知らなかったが彼の奥さんは私が昔通っていた語学学校の先生をしておられる。2015年1月17日シャルリ・エブド紙本社が襲われたテロ事件以来日本人の生徒が減り続けて今は本当に少なくなったらしい。彼の奥さんは次年度は契約してもらえないかもと悩んでおられるそうだ。そういえば日本人の旅行者にも滅多に会わなくなった。中国や韓国からの観光客にはあちらこちらで会うというのに・・・。

さてその彼らが個人教授をしている日本人のお宅に招かれすごく美味しいものをご馳走になったという。さて何でしょう?答えられなかったが牡蠣フライ。なるほど!フランス料理には日本のように美味しいいわゆるフライ料理はないし、冬は特に牡蠣は豊富でフランス人のもっとも好きな食べ物のひとつであるようだから、そりゃ受けるわ。実は私は大昔初めてフランスに来たとき、生牡蠣の銀皿盛りを食べ過ぎてその夜気分が悪くなりそれ以後牡蠣が食べられない。フライにしたら平気とわかっていても食べる気にならないので作れ(ら)ない。あれができたらフランスでの日本の家庭料理レパートリーの一番人気になるだろうに残念!

14/03 “Concert de lancement du Nohant Festival Chopin 2018” 「ノアン フェスティバル ショパン ランスモン コンセール」:6月の4回の週末と7月18日から24日までの1週間催される今年のフェスティバルの全プログラムが発表された。音楽祭に参加するアーティストの中から10数人が来られ、ピアノ独奏、室内楽の演奏を聴いた。チェリストのアンリ・デマルケットやピアニストのエル・バシャたちすでにおなじみのアーティストの他、若手のアーティストの素晴らしい演奏が続いた。会長のイヴ・アンリ先生は演奏だけでなく、司会進行、挨拶、譜面台の移動などなど、その場で必要なことをさっさとなされていた。いつものことながら、その身の動きの闊達で自由な様子がフランスのフェスティバルのあの雰囲気が象徴されているように思われ、その音楽祭に今年も行けることが嬉しくてたまらない。

今年は、ユーロピアノ主催の「ノアンフェスティバル7月期まるまる鑑賞ツアー」が企画されていて、本日そちらの予約も開始されたはず。そちらに私も同行する予定。楽しみ!関心あれば、お問い合わせください。


◎491 所変われば Paris(2018/03/25)

24/03/2018
もたもた暮らしが続いておりました。1月・2月をとりあえずすっ飛ばして、3月2日から本日までの風だより。昨年末に3日間だけの航空券の安売りにつられて(というか、自分や誰かれへの言い訳の機会のチャンスととらえて)3月中で一番安値の航空券を手に入れて3月2日からパリにいます。今回は少々翻訳の仕事をしていました。分野は音楽と限られるからしょっちゅうではないけれど、やりがいのある好きな仕事ができるのは幸せ。でも困ることはますますフランス語の喋りが下手になること!仏文を目で読んで(声に出すのがいいことはわかっているが、つい黙読が多くなる。)頭で日本語に置き換え、良い日本語の文章にするべく考えあぐねるのだから、当然の結果・・・。日本語から仏語に変えるのも辞書を駆使して十分な時間をとってやるから同様の結果だ。本人がそれをわかっているのが余計に具合悪くて、ここという時に臆病風が吹き荒れて私の喋りは最低になる。体で覚えることは何でも10代の内に確かな方法で始めねばならないという持論を確認してため息ばかりついている。

03/03/2018
桐朋学園高校を卒業して4年ほど前からフランスに音楽留学、最初はパリ地方音楽院で、現在はリヨン国立音楽院で学ぶ西本佳奈美さんとメトロの駅で待ち合わせ。彼女の人生で最も嬉しい、多分三大慶事に入るような報告を聞いた。パリ国立音楽院大学院合格のニュース!誰もが認めるすごいことで、心からおめでとう!!!実は前日が入試の合格発表だと聞いていた。不合格で当たり前というような難関なのでどうだろうかとちょっとドキドキだったが、最高に明るい顔に結果が歴然で二人でニコニコが止まらなかった。才能に努力そしてフランスが彼女にとっても合ったのが成功を導いたのだと思う。続きは明日。


◎490  2018年スタート!(2018/01/14)

もたもたするうちに、2018年が始まり2週間が過ぎようとしています。今年の私の芸術的幕開けは、1月5日、国立劇場で観た通し狂言「世界花小栗判官」。新春にふさわしい華やかな面白い舞台を音声ガイドを借りて楽しんだ。さすが国立劇場で歌舞伎座同様に舞台装置が大掛かりで、物語の面白さ、役者の演技や台詞の上手さ、そして立ち回りや馬に乗り回すシーンなど、序幕から最後まで4時間をたっぷり楽しんだ。娯楽の最高峰。

次いで1月8日は、信濃町モーツアルトサロンにて「KANO EIKO Violin Solo Recital」を聴いた。「人類が創った楽器の中で最高の傑作といえば、ヴァイオリンと言えるでしょう。楽器に命をふき込んだのは、天才的な作曲家達です。楽器と作品に触発されて、名演奏家も多く生まれました。さて本日は、こういった素晴らしいヴァイオリンの為の無伴奏ソロ作品の全てを聴くというシリーズの第1回のコンサートです。[・・・]」(プログラムノートより一部要約)。

テレマン、プロコフィエフ、イザイ(どれも大変な難曲)を聴いて、第二部はバッハの「無伴奏パルティータ第2番」(最終曲がシャコンヌのあの曲)。バッハのこの曲を軸に組まれた見事なプログラム。音響を考え抜かれたホールではないのにこの豊かな響きは何だろう!揺るぎない音程の良さが心地よく、久しぶりにヴァイオリンのソロ音楽に陶酔することができた。

演奏者のEikoちゃんは、30数年前、5、6才の頃すでに相愛子供の音楽教室と子供のオーケストラで、チビちゃんながら先頭に立って嬉々として音楽を学びヴァイオリンを弾いていた。その後大阪、東京、イギリスで、そして現在はアメリカ在住の主婦で3人の子供のお母さんでありながら、勉強と音楽活動で活躍を続けている音楽家で、この日のコンサートはそんな彼女が現在至った到達点なのだろう。2回目、3回目と全曲演奏を目指して頂上に着くまで聴いてゆきたい。

受付・録音・ステマネ等々演奏会を陰で支えていた元(?)ヴァイオリニスト、現パリパリのビジネスマンの KANO MINORU くんにも本当に久しぶりに会えた。やんちゃな彼らのこんな素敵なカップルぶりを見てうるるん・・・。感動をありがとう!もろもろ期待しています。


←前へ || 次へ→