インフォメーション 音楽散歩 風だより コンセール・パザパ hg.sato@raj 掲示板 お問い合わせ 管理人


風に乗って、面白い話題が飛んできます。〜色んな所〜色んな人から。はじめ時々〜後しばしば。

◎468 山梨より(2016/12/09)

「また入院してるんだって?誘いたいことがあったのだけど、動けなくなったのだとしたら無理だろうね?心配してます。大事に養生して早く元気になってください」。誰からか噂を聞いた友人からメールが来ました。

いやいや、思い違いさせてごめんなさい。足は3年前に神経を損傷した後遺症で、ご存知のように普通に歩いているし、歩く仕事ほか、仕事にも全くさしつかえない状態で、もはや入院なんてしなくていいほどなのですが、ここのリハビリ本当によくて、贅沢にもメンテナンスに来ている次第です。結果、来て良かった!の一言に尽きる良い暮らし。

毎日2種類の丁寧なリハビリを二人の先生から受け、午後には温泉プールで歩行と体操。症状に応じて幾つかのコースがあり、外来の方も加わられるので日によって人数は異なりますが、4人から多いときは10数名が、これも先生の指導で列になって前歩き・後ろ歩き・横歩き。体操がとても良い。さいごに腕に浮き輪をつけて(必要なら)、バタ足もするのだけど、泳ぎだけは得意だった私ができない!

悔しくも神経を損傷された後遺症はしっかり残っているのです。3年前の5月大病院で受けた小さい(はずだった)手術後、先生が「リハビリの必要はなし。」とさも軽い調子で、でも断言された言葉を信じて何もしなかったら今の私はなかっただろうことはそれこそ断言できるわ。

石和温泉て、温泉街は大きなホテルが多くそれほど情緒があるところではないように思うけれど、ホテル街の桜並木の遊歩道は桜の頃は綺麗でしょうね。同時期に桃の木畑も満開になるそう。病院でも運が良ければお花見会があるそうです。その桜並木には紫陽花も植わっているので、6月もよさそう。葡萄棚に葡萄が垂れるのは種類によっても違うが、7月ごろから9月初旬ごろが盛りだそうです。今は茶色の葉っぱがだんだん枯れて、それも次第に落ちて少なくなっていってます。

四方八方高い山(北岳も)に囲まれた豊かな盆地、ぶどう畑、桃畑、大小様々の民家・・・散歩道は果てしなくあり、院外リハビリの許可願いを出せば、どこへでも歩けるので、毎日楽しんでいます。食事も野菜中心の田舎料理で、私には満足な内容です。勉強道具までいっぱい持ってきて、何か申し訳ないくらいの生活なので、全くご心配ご無用です。というわけで明日土曜日元気いっぱいで帰ります。美味しいパンが食べたいです!(続く)


◎467 音楽の楽しみを共有する(2016/10/06)

昨日10月4日(火)、1年に一度秋に催す大人の自由気ままなコンサート、第27回コンセール・パザパが終わった。出演した皆がそれぞれに満足できたようなのが何より嬉しい。響きのよい大きなホールで演奏することによって勉強の成果を自分が試せる、また自分が気持ちよくなるための企画コンサートなのだから。聴衆が少ないのが淋しいが、毎年楽しみにして来場してくださる方の存在が嬉しい。出演について一切の条件なしのコンサートなのでいろいろの点でバラエティに富むコンサート。私は数年前から始めた演奏曲についての解説というか短い紹介、内容については時間をかけた分の充実度はあると思うが、話すのが下手なのをなんとかしようと決心。来年も続くなら乞うご期待です!

今日までの忘れがたき日々を少々記録して明日に繋ぎたい。
9月14・15・16日:汐留ベヒシュタイン・サロン<イヴ・アンリ公開ピアノレッスン> 

9月15日・16日:語りと映像とともに聴くイヴ・アンリピアノリサイタル<ショパン、ノアンの年月1839 から 1846>、汐留ベヒシュタイン・サロンと武蔵ホール

9月23日:東フィル定期公演 指揮チョン・ミョンフン ピアノチョ・ソンジン ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」と交響曲第6番「田園」をサントリーホール13列目で聴く。ちょっと秘密の寄り道あり。演奏会の感動と楽しい再会の幸せな夜だった。

9月29日:南麻布セントレホール、ランチタイムコンサート 中山ナミ子さんのピアノ演奏でベートーヴェン:ピアノソナタ op. 110 ラヴェル:クープランの墓より3曲 を聴いた。初めて行って驚いた。毎週木曜日12時半から40分主に音楽家への道を歩み始めた演奏家によるランチタイムコンサートを毎週欠かさず続けておられるという・・・。広尾駅から徒歩5、6分、フランス大使館にも近いサロンでのコンサート、どことなくフランスの香りがして素敵だった。


◎466 ノアンフェスティバルショパン 2016(2016/09/19)

アーア!約1か月前に書いていながらアップするのを完全に忘れていました。(9/19/2016)

6月期の第3週末と第4週末、7月期22日から27日までの1週間、毎年とは少しちがう環境で音楽祭を楽しんだ。毎日その日のうちに書けばよかったのだけど、音楽祭の毎日はかなり忙しく結局書けないうちに、帰国となってしまった。8月5日帰国するとオリンピックが始まった。時差ぼけで夜中に起きるのかTV観戦で起きているのか自分でもわからない具合で日々が流れ、本日オリンピックが終わり日本には台風襲来。

音楽祭レポートは、「ショパン8月号」と「ショパン9月号」に掲載しているのでぜひそちらを読んでください。(=今日は9月19日。雑誌「ショパン」は昨日10月号が発売開始。9月号はすでにバックナンバーになりました。バックナンバー近くの本屋さんでも取り寄せてもらえるし、出版社に申し込むこともできます。読んでくだされば嬉しいです)。9/19 忘子

掲載記事と今月の特集記事に偶然8月18日に発売された9月号の第1特集は「大ピアニストたちとレコード時代」。実は今年50周年を迎えたノアンフェスティバルショパンに滞在中、演奏会、マスタークラス、講演会を聴いて私が考え思い出したことと、特集記事の偶然の一致というか共通項に驚き夢中で読みました。8月号の記事に書いた通り今年の音楽祭プログラム本には、ノアン音楽祭に出演された歴代演奏者のリストが3ページにわたって紹介されているばかりでなく、当時演奏家としてまたは聴衆としてノアンに来られた方の<証言>が掲載されています。特集記事の歴史的大演奏家、ルビンシュタイン、ホロヴィッツ、サンソン・フランソワたちがノアンで演奏していた同時期、50年前の日本の状況を思い出すか、想像してほしい。クラシック音楽に憧れた人たちがレコードを宝物のように扱い聞いていた時代、才能以外によほど運に恵まれた少数の方にのみ留学の機会が持てた時代だった。音楽がヨーロッパで生まれたかの地の芸術だということを今また深く認識した次第。

また音楽祭の主軸の一つである「文学と音楽」の公演に登場する文学者や哲学者は同時代の人たち。フランス人の聴衆にとっては言葉も音楽も共にまさに「私たちの芸術」です。今年は日本や韓国からの観客が音楽祭を心底楽しまれたが、文学との公演では言葉の部分が邪魔だったかもしれない。ピアノで語られる事柄は、各自が自由に心の中で分かれば(感じれば)よいのだが、言葉で語られる以上は、意味を正しく分かりたいというのは当然だろう。仏語を少しはわかる私にしても、読んだことのない作家や早口で語られるセリフなどはまったくお手上げですが、それでも知っている言葉と知識をつなぎ合わせ想像しながら聞いて、今では大変好きな公演スタイルになった分野です。

6月25日16h、哲学者で作家のアンドレ・テュブフの講演を一緒に聞いたフランス人の友人は、この講演を聞けただけでも来た甲斐があったと感動されていた。あとで要旨と彼の感想をまとめてもらった。たとえば辻邦生の講演を生で理解できるか、時間をかけて翻訳してから感動するかの違い・・・。

6月26日15h30、ノアンフェスティバル50周年記念「音楽と文学の大祭典コンサート」については8月号に詳しく書いた。終演後庭で終了パーティー、出演者と観客がシャンパン片手に垣根なく音楽を通した感動を共有する。ノアンには心温かい魔術師がいっぱい!片隅でタバコをくゆらしていらしたブリジット・フォーセイさんにおそるおそる近づくと、「あなたのことよく知っていますよ。イヴとの文学と音楽のスペクタクルを何度も聞いてくださってるわね?」と話し始められ、持参した2006年のプログラム(この年初めてお二人のスペクタクル「クララとロベール・シューマン、その愛」を聞いた)に長いメッセージを書いてくださった。「羽仁進さん監督の映画に羽仁未央さんと共演したのは一生の宝です。」と羽仁さんとの思い出を語ってくださった。Brigitte FOSSEY、「禁じられた遊び」の名子役さんで現在も演劇に映画に活躍されている大女優さんです!信じられないような邂逅・・・。Nohant magic !!! (19septembre2016)



◎465 ノアン フェスティバル ショパン 出会い(2016/07/12)

アルド・チッコリーさんが創設に尽力された記念年ノアン音楽祭は今年50周年を迎えた。当時の音楽祭の名称は、「ノアンロマンティック音楽祭」、数年後から7月の1週間は「Rencotres Internationales Chopin」と呼ばれていた。この名称は、単語を順に直訳すると、「出会い(遭遇)・国際・ショパン」で、日本語で誰にもすぐわかる日本語のタイトルとしては、「ノアン国際ショパン音楽祭」がふさわしくそう呼んでいたが、この音楽祭で出会ったいろいろを思い起こすと私にとってはまさに、「国際的出会いの場」音楽祭!

ずいぶん前にノアンを発見し、音楽祭に通うようになってどんなに多くの素晴らしい、また時にはえっ!?と思うような状況に出会ってきたか…。AOさんとも庭園で見かけた時はお互い日本人の方かどうか定かではなく(韓国の方と日本人はとてもよく似ていて言葉を聞くまではわからないことが多い)、たまたまAOさんと一緒にこられたお友達の席と隣り合わせだったのでコンサートが終わった後少しの間言葉をかわすことができ、帰国後HPを見つけていただいたような次第で、その偶然にも不思議な巡り合わせを感じている。

ノアンを探し出して、ソンジンさんのチケットも予約できて、音楽祭会場にたどりつき、領地内の時代感あるホテルに泊まれて、タクシー・列車に乗れて(見つけ出すのかなり苦労したでしょ?)飛行機(これは楽だけど)・・・を乗り継いで願いを実現されたAOさん、その気力と音楽への愛をいつまでも持ち続けてください。生徒さんにいっぱいノアンの土産話をしてあげてくださいね。出会いの場が広がります!

464 ノアン音楽祭 出会い(2016/07/03)
先日、ノアンフェスティバルショパンでチョ・ソンジンさんのリサイタルの日、お会いしました大阪のピアノ教師 A.Oと申します。今日、偶然に貴ホームページで「風だより」を拝見しました。私たちのことを掲載して下さり有り難うございました。あの日の私の想いを完全に代弁して下さったかの様な文章で、大変感激をし涙が溢れてきました…

昨年、辛い日々を過ごしていましたところ、ショパンコンクールのYouTubeで偶然ソンジンさんの演奏を耳にし、凄いテクニックにもかかわらず、エレガントな所にとても惹かれ、「プレリュード」を聴いて完全に恋に落ちました(笑)。それ以来、心の底から彼の演奏を愛し、毎日毎日聴いております。クリアな響きに多彩な音色、端正なアプローチに気品溢れる音楽が、本当に私を幸せにしてくれます。その音楽から彼の人柄さえ感じ、今ではもう彼の全てが好きで好きで…。ショパンゆかりの地、ノアンで愛するソンジンさんのショパンを聴きたいという一心で、フランス語など全くわからないのに、海外旅行に慣れている友人を頼りに、無謀にもノアンを目指しました。

本当に苦労しましたが、奇跡的に何とか無事に着くことが出来ました。そして、リサイタルの日私は一人ショパンの息吹を感じながら、散歩をしていましたら、何と偶然にソンジンさんとお会いしまして、つい最近、名古屋や東京のコンサートに出向き、サインやツーショット写真など無理なお願いをしていたこともあるのか、私がファンであることを知って下さっているかのように、飛びっきりの笑顔を向けて下さいました。とろけるような想いで私は完全に18歳の乙女となり(笑)、そしてあの素晴らしい演奏を聴かせて頂き、至福の時を過ごす事が出来ました。

又、Goendama さんとの出会いも何か意味があるのではと感じずにいられません…掲載して下さったように、まさしくあの日、夕食の後また一人で散歩に出かけ、暗くなるまでショパンとソンジンさんへの想いに浸り、心から幸せを噛み締めていました。生涯忘れられない素晴らしい想い出が出来、全てに感謝しています!来月発売の「ショパン」を楽しみにしております。
長々と申し訳ございませんでした…。

◎463 ノアン フェスティバル ショパン(2016/06/23)

50年記念で例年以上に盛り上がり気分が感じられた。音楽祭のことはいずれどこかに詳しく書くが、19日は朝の自由席で聞くゲオフロイ・クトーのリサイタルもほぼ満席。ショパンのバラード1番の後ここではあまり聞けないブラームスの4曲のバラード、ラプソディ、ハンガリアン舞曲を楽しんだ。

いつもはほとんど見ないアジア人が多いのは16h30からチョー・ソンジン(フランスではSeong-jin Cho)のリサイタルがあるから。開演前の挨拶で韓国から30人以上の方が来られたことに対して感謝の意が述べられた。日本人のピアニストの誰がこんな風に日本人の観客を呼び寄せられるかしらとふと考えた。

そういえば、大阪から二人のピアノの先生が来られていた。彼の大ファンだそうで大苦労の果てに来られたと聞いたがさもありなん。初めてここへ個人で来るのの大変さは十分想像できる。だけどその分感激や喜びはなん百倍にも相当するはず。団体で来たのでは泊まれないジョルジュ・サンド領の中のホテルに泊まって、あのすばらしかったチョー様のリサイタルの余韻を、ショパンが毎日歩いたであろう庭園の夜の闇の中で静かに反芻出来る幸せは、苦労や支出の多さには変えられない値打ちがあるはず。無事に大阪へ戻られましたか?

私は翌日同じ日にパリまで帰り着いた後地下鉄で帰る途中、3つ目の駅で同じ線で乗客の事故があったそうで止まってしまい、いつ回復するかも不明なまま、結局もっとも縁のない地理感のないその駅で降りてしまい、小雨の中トボトボと他の線の止まる大きな駅を目指して歩きました。でもいつも何かしら助けの手に遭遇できるもので、仕事を終わって帰宅途中だった親切なタクシーに出会いぶじに帰り着きました。パリのタクシーへの信頼感はまたアップ!

ついでに書くと、こんな時日本では「お急ぎのところご迷惑をおかけして申し訳ございません。ただ今・・・。」と連綿とお詫びとそして具体的な解決策が放送され、場合によっては切符の払い戻しもしてくれたりと、事故の責任は地下鉄側に全くなくても丁寧すぎるくらいの対応をされるが、フランスでは列車で車掌さんが「お詫び」されるシーンには未だかって一度もあったことがない。昨年やはりノアンからの帰り道、国鉄で特急列車がストで走らず、普通列車を乗り継いだ時も、払い戻しや駅員さんに文句を言う人はいなかった。昔からの習慣の違い?



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